ページの先頭です

共通メニューなどをスキップして本文へ

木津川市

  • 文字サイズ

  • ふりがな
  • やさしい日本語
  • 元に戻す
  • Language

ここから本文です

あしあと

    学研都市線 四条畷駅

    • [公開日:]
    • [更新日:]
    • ID:543
    四条畷駅の駅名標

    開設:明治28年8月22日
    1日平均乗降客数:32.3千人(令和4年度)

    四條畷神社/四條畷市

    四條畷神社の外観

    飯盛山の西にあり、楠正行を主祭神として、楠正時・正家など24人の将士を配祀しています。
    当初、小楠公墓所の南側に神社創建の計画がありましたが、墓所から東約1kmの飯盛山麓の現在地に創建され、明治23年4月5日に鎮座祭が行われました。境内には桜や楓が植えられており、特に春と秋の景観が見事です。正行の命日にあたる2月12日には毎年例祭が行われ、4月5日には春祭、10月5日には秋祭があります。

    交通:四条畷駅から東へ約1km

    小楠公墓所/四條畷市

    小楠公墓所の小碑
    楠木正行の供養塚に植えられた楠

    楠木正行は楠木正成の子で、1348年の四條畷の戦いで高師直(こうのもろなお)と戦って討ち死にしました。ここには正行と正時が埋葬されて小碑が建てられました。その後約80年経た頃に2本の楠の木が植えられ、その成長とともに小碑を包み込み2本が1本となりました。現在の石碑は明治11年に建てられたもので、大久保利通自筆の銘が刻まれています。
    楠木正行の供養塚に植えられた楠は、現在樹齢約550年、幹の回り12mにおよぶ巨木に成長しています。大阪府の文化財に指定されており、市の木が楠であることから市民に広く親しまれています。

    交通:四条畷駅から西へ約400m

    和田賢秀の墓/四條畷市

    和田賢秀の墓

    南北朝時代の武将楠木正行の家臣和田賢秀は勇将としても知られていました。四條畷の戦いで正行が討ち死にした後も一人で敵将高師直の首を討とうとしましたが果たせず、敵に首をはねられました。この首が敵の喉に噛みついて離れなかったと言われ、以来賢秀は、「歯神さん」と呼ばれて厚い信仰を受けました。特に歯の痛みに悩む人々が遠近を問わず参詣したそうです。

    交通:四条畷駅から北東へ約800m

    四條畷市立歴史民俗資料館/四條畷市

    四條畷市立歴史民俗資料館の外観

    この資料館は昭和60年11月15日にオープンしました。旧法務局の書庫(国登録有形文化財)を利用した建物です。
    蔵をイメージした館は東高野街道沿いにあり、歴史のまち四條畷にふさわしいものです。
    資料館では考古資料と農具などの民俗資料を展示しています。
    シンボルツリーの楠が皆さんをお迎えします。どうぞお気軽にお越しください。

    交通:四条畷駅から北へ徒歩15分
    開館時間:9時30分から午後5時
    休館日:月曜日(祝日の場合は火曜日)、年末年始(12月28日から1月4日)、特別展示準備期間
    入館料:無料
    問合せ先:072-878-4558

    深北緑地/大東市

    深北緑地の写真

    洪水を一時的に貯留する給水機能と運動広場などの公園機能をあわせもつ憩いの場で「水辺のゾーン」、「ふれあいゾーン」、「スポーツゾーンスポーツゾーン」の3つの区域に分けられており、市民に幅広く利用されています。

    交通:四条畷駅から西へ約800m
    問合せ先:電話 072-877-7420

    緑の文化園(府民の森)/四條畷市

    緑の文化園(府民の森)の写真1
    緑の文化園(府民の森)の写真2

    飯盛山東方にあり、新池、古池、中ケ池、砂留池を総称して「室池」といいます。ここで産出する良質の天然氷を夏まで保存するための氷室があったことから、この名がついたと伝えられ、総面積18.7haの池の周辺は、豊かな自然に包まれ、都市の中での貴重な緑地として注目を集めています。
    緑の文化園むろいけ園地には、つくりながら、遊びながら、自然と親しむ「森の工作館」のほか、木製遊具やイベント広場のある「森の宝島」、湿原を木道がわたる「湿生花園」「いきもの観察園」が整備されており、サギソウやトキソウなどの珍しい花も見られます。野鳥も多く、キツツキやカワセミなども見られます。

    交通:四条畷駅から四條畷市コミュニティバス「田原2」・「田原3」・「田原5」ルートで、逢阪バス停下車、徒歩約15分(休日のみ「田原6」ルートで、緑の文化園バス停下車)
    または、四条畷駅から蟹ヶ坂ハイキングコースを徒歩約1時間
    問合せ先:総合案内所(電話:072-876-4101)

    権現の滝/四條畷市

    権現の滝の写真

    権現川ハイキングコースの途中にある高さ15mの滝で、八大龍王の姿を現すと伝えられています。
    奈良時代、旱魃に苦しむ当地を通りかかった行基というお坊さんが、里人を救おうと滝壷に衣を敷き雨乞いの祈祷をすると、これに感応した龍王が一老翁となって姿を現し雨を降らせました。これより、この滝を権現の滝と呼ぶようになりました。雨が上がった後、里人が頭と胴と尾の三つにちぎれた龍を発見し、頭の場所に龍光寺、胴の場所に龍間寺(ともに大東市)、尾の場所に龍尾寺(四條畷市)を建立し龍王の霊を弔いました。

    交通:四条畷駅下車、北東へ約3km

    飯盛霊園の桜/四條畷市

    飯盛霊園の桜並木

    桜並木とつつじの植え込みが続く飯森霊園。春の訪れとともに5千本の桜が咲き誇り、その様子はあたかも霞たなびく様相を呈しています。

    交通:四条畷駅から四條畷市コミュニティバス「さつきヶ丘公園」行、飯盛霊園バス停下車

    市立環境センター修景施設/四條畷市

    市立環境センター修景施設の写真

    高低差のある地形と権現川からの取水が可能な土地特性と、また、既成市街地と山地との接点という立地条件を活かしながら、かつて、四條畷市のどこでも見られた風景を再現するとともに、動植物の生息にも配慮した施設です。管理棟は、木造平屋建ての古民家を再生移築しました。

    交通:四条畷駅下車、北東へ約2km。

    国指定史跡飯盛城跡/四條畷市

    国指定史跡飯盛城跡の写真

    飯盛城は戦国時代末期の永禄3年(1560)に戦国大名三好長慶が居城とした山城で、国内の古文書はもとより、イエズス会宣教師の書簡を通じてヨーロッパの文献や地図でも紹介されている城です。また城内には当時の曲輪や石垣等が良好な状態で残っています。城跡からは、長慶の支配地であった大阪平野、摂津方面、京都方面、淡路島が一望できます。

    交通:四条畷駅から東へ「飯盛山ハイキングコース」徒歩約1時間
    四条畷駅から北東へ「権現川沿いコース」徒歩約2時間

    リンク

    近隣駅の情報はこちらをご覧ください。

    ソーシャルサイトへのリンクは別ウィンドウで開きます