高麗寺跡(こまでらあと)

田園のなかにたたずむ高麗寺跡は、7世紀初頭(飛鳥時代)に創建された国内最古の寺院跡のひとつで、相楽七郷中の大狛郷に属し、高句麗からの渡来氏族狛(高麗)氏の氏寺として創建されたと考えられています。
高麗寺は、文献資料から天平年中(奈良時代)に存在したことが「日本霊異記(にほんりょういき)」に記され、その他「今昔物語集」にも説話が収録されています。
伽藍(がらん)は、木津川を見下ろす台地上に南面して立地し、西に金堂、東に塔を持つ法起寺式の配置となります。塔、金堂、講堂は整美な瓦積基壇を外装としており、講堂の両翼から伸びた回廊は塔、金堂を囲んで中門に接続し、寺域は一辺が約200メートルの規模であったと考えられます。
また、平成17年の発掘調査では、塔相輪(そうりん)上部に取り付けられた水煙(すいえん)と呼ばれる飾りを心柱に取り付ける円筒形の金具・擦管(さっかん)が見つかりました。

 

所在地

木津川市山城町上狛高麗寺・森ノ前地内


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